詩人・福田拓也(前三田文学編集長)のブログ

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zoom RSS 関根謙編集長の三田文学 2

<<   作成日時 : 2017/04/16 16:54   >>

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三田文学春季漱石特集号から、大好評だった保坂和志氏の連載「TELL TALE SIGNS」が消えている! これには事情がある。関根謙編集長から保坂氏に連載の締め切りが2月22日であるとの電話があった。保坂氏が「それは無理です」と言うと、関根氏は「じゃあ、今回はなしということで」と応じたという。これには唖然とする。こういうのを原稿依頼とは呼ばない。相手が保坂氏ほどの作家であれば物理的に不可能なところまで締め切りを延ばすのは常識だ。あるいは、2,3枚でもいいからとお願いする手もある。関根氏は、三田文学が保坂和志氏クラスの一流作家の連載をもつということがどのようなことが全くわかっていない。土下座とまで言わなくても、ひたすら頭を下げて、お願いし続けて熱意を示すしか法はないのだ。それが三田文学編集長の仕事だ。ひたすら頭を下げお願いし、感謝し、お礼を言う。三田文学編集長の仕事など極言すればそれだけだ。私は吉増剛造さんに「命を賭けろ」と言われて仕事をした。関根謙編集長は三田文学編集長という立場についてのあまりにも甘い見通しと覚悟でやっている。「TELL TALE SIGNS」は、他の文芸誌に流れる危険がある。

関根謙三田文学編集長のあまりにもお粗末な原稿依頼は吉増剛造さんと牧野十寸穂さんの薫陶を受けた私には唖然とすべきものだ。原稿依頼に返事がないとき吉増さんは私に「それは行けますね」と言った。断りの返事が来た時には、「それはいいサインですね」と言った。名編集長とはこういうものだ。

三田文学春季漱石特集号編集後記は、完全に私のスタイルを模倣したものであるが、「激しさを増している」「燃える情念を伝えている」等、具体に触れることのない内容空疎なレトリックに満ちており、関根謙三田文学編集長の根本的な読みのなさ、文学的センスのなさを証拠立てている。


三田文学春季漱石特集号で関根謙三田文学編集長は、やってはいけないことをやり、やらなければいけないことをやっていない。関根謙三田文学編集長自身の著作を書評欄で取り上げることによって三田文学誌面を自著の宣伝に使っている。これはやってはいけないことだ。他方で、関根謙編集長の原稿依頼のあまりのずさんさのせいで保坂和志氏の大好評連載「TELL TALE SIGNS」が誌面から消えてしまった。

保坂和志氏クラスの作家から三田文学如きが連載を頂けるということは普通のことではない。特別の御厚意を頂いていると深く感謝して当然である。深い感謝と熱意を示しつつ頭を下げてお願いするという三田文学編集長としての基本すら関根謙三田文学編集長にはできなかったということだ。関根謙氏の三田文学編集長としての資質に深い疑念をもたざるを得ない。

保坂和志氏の大好評連載「TELL TALE SIGNS」は三田文学の宝である。内容・ジャンルは何でも、枚数は2,3枚〜100枚でお願いしてある。これは保坂氏に何とかして連載を引き受けて頂きたいという一念からの策でもあるが、三田文学を保坂氏の言う練習としての書くことの実践が展開される先鋭的な場としたいという夢と願いから出たものでもあった。関根謙三田文学編集長はこういったことを少しでも理解して編集長をやっているのであろうか。もし理解しているとすれば保坂氏「締め切り2月22日は無理です」関根氏「じゃあ、今回はなしということで」、こんな原稿依頼とはとても言えないやり取りはあり得ないだろう。書き手の方に感謝も熱意もないと判断されてもしかたがない。「TELL TALE SIGNS」は他の文芸誌に流れる危険がある。もしそうなった場合、三田文学が大きな宝を失ったことの責任はすべて関根謙三田文学編集長にある。

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