詩人・福田拓也(前三田文学編集長)のブログ

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zoom RSS 関根謙編集長の三田文学 4

<<   作成日時 : 2017/04/16 16:57   >>

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三田文学春季漱石特集号では、青来さん、福永さん、そして芥川賞作家2人に加えて、三田の新鋭片岡周子氏と岡英里奈氏の短篇を原稿依頼していた。片岡氏についてはまだ未知数のところがあったが、岡氏のことは高く評価していた。ところが関根謙三田文学編集長はこの二人の掲載を取りやめにしてしまった。たとえ内輪の新人であったにしても、一度原稿依頼したものを取りやめにすることは絶対にあってはならない。かつて三田文学に深く関わった恩師で尊敬する歌人でもある高山鉄男先生にもこのことは強く言われていた。ここでも関根謙三田文学編集長の編集長としての資質は問われるべきである。

例えば岡英里奈氏に一度原稿依頼したものをやめにするのは岡氏に対して失礼である。しかも岡氏は三田文学にとっては功労者と言っていい。三田文学2016年秋季号と冬季保坂和志特集号に岡氏が書いたエッセーは、それぞれ古川日出男氏、保坂和志氏という一線級の作家に非常に高く評価されていた。岡氏のおかげでこれらの作家に三田文学が一目置かれたということだ。そしてそのことがこれからの三田文学にどれほど多くをもたらすか、関根謙三田文学編集長はそういったことを少しでも考えたことがあったのか。考えていたのなら、岡氏の掲載をあっさり切れないであろう。そのような視野の狭さで三田文学編集長が務まるのだろうか。

三田文学冬季保坂和志特集号、岡英里奈氏の「コーリング」論、この作品についてこのレベルのものを書ける人はほとんどいないだろう。しかも、全く批評的でない言葉が高度な思考になっているというここにはスタイルの根本的な新しさがある。

いったん原稿依頼したものを取りやめにすることは決してあってはならない。たとえ相手が内輪の学生であっても、だ。むしろ新人であったら、なおさらだ。例えば将来、岡英里奈さんや井上柚季さんが大きな作家になったとき、かつて編集長から理不尽な扱いを受けていたら、無理をしてでも三田文学への寄稿を引き受けるだろうか? 私は三田文学編集長として常にそのようなことを考えて三田の新人たちに接していた。関根謙三田文学編集長にはそのような発想が根本的に欠落している。それで本当に三田文学のことを考えていると言えるのか。そんな編集長でいいのだろうか。

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