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zoom RSS テーマ「現代詩」のブログ記事

みんなの「現代詩」ブログ


hotel第2章no.40に詩が載りました!

2017/05/20 16:01
hotel第2章no.40に「惑星の塵埃(ハウスダスト)」が載りました。最後の部分がけっこう凄いという噂(?)です。ぜひ御購入のほどを! この詩の朗読も御覧下さい!
https://youtu.be/VQ2ZdFug1Vc

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私の詩集『まだ言葉のない朝』についての2014年の書評

2017/03/15 16:15
2014年に刊行した詩集『まだ言葉のない朝』についての野村喜和夫さんによる書評を見つけました。読売新聞2014年10月21日のものです。詩集、まだ在庫たくさんありますので(笑)、ぜひ御購入下さいますよう!
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hotel第2章に私の詩「草かげのストーリーが掲載されました。御笑覧下さい!

2016/12/25 15:27
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「現代詩手帖」に詩が載りました!

2016/09/06 15:30
「現代詩手帖」9月号に、私の詩「香具山」が掲載されました。読んでやって下さい!
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日本経済新聞にエッセー掲載!

2016/09/06 15:21
8月27日の日本経済新聞「交遊抄」に吉増剛造さんとの交流を書いたエッセーが掲載されました!
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「hotel第2章」38号に、私の詩が掲載されました。

2016/07/15 17:23
「hotel第2章」38号に、私の詩「詩の火」が掲載されました。
ぜひ読んで下さい!
「hotel第2章」38号、定価500円です。
購入御希望の方は私のツイッターアカウント@piloteduventに御連絡を!

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「現代詩手帖」7月号に論考が掲載されました

2016/07/15 17:13
「現代詩手帖」7月号に「吉増剛造と柳田國男/詩作と聴き取りという二つの「道行」の並走あるいは相互浸透」という論考が掲載されました。
詩聖・吉増さんからお葉書を頂きました。

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東京新聞に詩が掲載されました

2016/06/15 14:39

5月28日の東京新聞夕刊に、詩が掲載されました。
織田作之助賞受賞パーティーに出席した帰り、新幹線の中で書きました。


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「「倭人伝」断片

2016/02/28 16:08
 「hotel第二章」no.37に「「倭人伝」断片」という詩を載せました。
 愛読書『魏志倭人伝』の印象に万葉体験、アリゾナ州セドナ体験などが加わって、出来た詩です。
 最後の部分を引用します。


岩肌の中にわたしはやがて一つの複雑な文様となって消失し、わたしがもはやいないということ自体が一つの風景として開かれる、そのような光景を眼差しに包むようにしてわたしはもはやわたしではなく一つの歌の死あるいは形骸としてどこか遥か遠くの木々の記憶の葉叢に吊り下がり揺れる虚蟬(うつせみ)の妹(いも)としてその白い裸体ごと漢字の配列によって損なわれた、あるいは失われた歌という神話をあくことなく語り継ぐ、声を与える配置そのものとしてのわたしが漢字を動かし組み合わせ、字画をゆるやかに辿る者たちを光らせる斜面ごと空に歌として上昇する白い肉を模造する國(くに)見(み)という視点にまで、

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


お久しぶりです!

2016/02/27 17:16
 3年振りのブログとなります。

 今年の1月から、「三田文学」の編集長となりました。

 編集長を2ヶ月近くやってみて、とにかく忙しくて、自分のものを書いたり、読んだりする時間がほとんどないというのが実感です。しかし、大学の仕事がない日は、ある意味、朝から晩まで文学三昧ですから、これもまた幸せなのかな、と思います。

 4月に発売される春季号の原稿が集まって来ています。編集者として最初に受け取った原稿は、慶應の恩師、古屋健三先生の原稿で、感無量の思いでした。これは、田久保英夫を巡るエッセーで、まさに碩学が筆の赴くままに書き綴るうちに深い知識と見識が自ずと溢れ出て来るといった趣の名文です。
 また、最初に受け取った詩稿は、これもまた大きな影響を受けた上にお世話になった朝吹亮二先生のものです。光の過剰な逸出の果てにある闇への回路、回廊、包み包まれる内でも外でもある空間、触れることのできる「なつかしい」しかし「いない」あなた・・・。生まれたばかりの言葉たちがみずみずしく震えているこれこそが朝吹先生の世界だ、と思わず興奮してしまいました。
 朝吹先生から、facebookで励ましの言葉を頂いたので、ここに引用しておきます。

メッセージありがとうございます。編集長就任記念で書きました。いるんだかいないんだか、いないんだかいるんだか、という……。色々と雑音もあるでしょうが、後悔の無いように周りはあまり気にせず思いっ切ってやるのがいいですよ。頑張ってください。

 そうか、この美しい詩は、私への記念のプレゼントなのかな、と都合良く解釈しておきます(笑)。

 冗談はともかく、古屋先生のエッセー、朝吹先生の詩、4月発売の「三田文学」春季号に掲載予定です。ぜひ、お読み下さい。


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タイトル 日 時
高貝弘也『白緑』について(2)
 「花」とならずに「実」となるとは、言い換えれば、「成体」にならずに「幼年から、繁殖をしはじめ」るということだろう。高貝は、このような「繁殖」の仕方を「放散」と名付ける。 ...続きを見る

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2012/11/15 12:57
高貝弘也『白緑』について(1)
 高貝弘也の詩集『白緑』(2012年9月、思潮社)に収められた「白描」という2011年5月に「詩客」に発表された詩には、3月の福島第一原発事故により放射能汚染された瓦礫の風景や放射能汚染を一身に体現したかのような「岩蟹」が書かれている。 ...続きを見る

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2012/11/10 16:16
三つの時間と固有名――三井喬子『岩根し枕ける』について(3)
 しかし、三井喬子の詩集『岩根し枕ける』にあって、「たゆみなく流れていると信じられてきた〈時間〉」が潜在的な形ではあるが顔たちや記憶の回帰を孕んでいたように、「〈終りの時〉」もまた単なる終りの時ではなく、終りの時を装った回帰であるに過ぎない。  したがって、三つの時間があると言ったが、回帰の時間があるいは流れる線的な時間となって、あるいは終焉の時間となって現われていると言った方が適当だったかもしれない。  詩集『岩根し枕ける』で中心的な位置を占める回帰は、柿本人麿の回帰である。そして、『岩根... ...続きを見る

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2012/09/15 10:58
三つの時間と固有名――三井喬子『岩根し枕ける』について(2)
 三井喬子『岩根し枕ける』に現われる終焉の時間は、「夜へ」という詩に於いて、「〈猿たちの時間〉」、「横柄な〈時間〉」、「〈終りの時〉」として語られている。 ...続きを見る

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2012/08/08 15:50
三つの時間と固有名――三井喬子『岩根し枕ける』について(1)
 題名自体が人麿の短歌を踏まえ、また梅原猛『水底の歌 柿本人麿論』の人麿の水死による刑死説を下敷きにした三井喬子『岩根し枕ける』(思潮社、2012年6月30日)は、時間についての三つのヴィジョンを提出している。それは、流れる時間、終焉の時間、回帰する時間ととりあえずは要約出来る。 ...続きを見る

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2012/07/21 16:01
震災を巡る詩的言説の三位一体的強制構造とその壊乱―― 高岡淳四「目を瞑り耳を塞がないと前に進めなかっ
 高岡淳四の「目を瞑り耳を塞がないと前に進めなかったのです」(『現代詩手帖』2月号)は、命令的表現、震災による死者たち・被災者たちの「他者」の位置への据え付け、擬似ユダヤ的他者論の三位一体から成る強制構造を見事に脱臼させているのだが、高岡は「その日の俺はかなり飲んでいた」という詩で、その試みをなおも続行する。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/06/09 16:06

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