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関根謙編集長の三田文学、その後の展開 2

2017/04/29 12:08

 吉増剛造さんによれば、関根謙三田文学編集長は、このままだと火がついて大変なことになり、三田文学の名に傷がつくことを危惧しているという。しかし、関根謙三田文学編集長自身が唐突かつ強引な編集長交代によって三田文学を餌場とする三田文学会理事たちの間での利益供与の体制を確立したことで既に三田文学の名は傷ついている。関根三田文学の本質が「三田文学会理事たちの利益供与・利益分配のシステム、あるいはそれを目的として機能するシステム」でしかないものとなったことで三田文学の名は既に傷ついている。そして、この事態の責任は、私を三田文学編集長に任命し私の続投を主張していた吉増さんにではなく、100%関根謙編集長に帰せられるべきである。
 関根謙編集長がやるべきは、吉増さんに責任転嫁することでもなく、私の敬愛する吉増さんを動かして私を黙らせるなどという姑息かつ卑劣な手段に訴えることでもなく、私に批判されないような誌面作りをそれこそ命がけで死力を尽くして目指すことのみであろう。
 自身の著作を書評対象とすることによって自身の著作の宣伝に三田文学を利用したり、三田文学会理事やその周辺の人物たちに執筆機会を分配するようではお話にならない。関根謙三田文学編集長のそのような編集態度と吉増理事長の意思に反する強引な編集長交代こそが、今の三田文学の窮境を引き起こしたことを関根謙編集長ははっきり自覚し、逆風の中必死で良い誌面作りに励むべきだ。責任転嫁しつつ私を黙らせようと画策することなど、何の解決策にもならないし、三田文学のプラスにもなりはしない。
 関根謙編集長は、自身の保身を考えるのではなく、三田文学のことを真剣に考えるべきだ。
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関根編集長の三田文学、その後の展開 1

2017/04/29 11:35
一昨日、私の尊敬する詩人であり三田文学会理事長でもある吉増剛造さんと電話でお話しした。関根謙三田文学編集長が、私のツィートとブログを吉増さんの責任であるとし、そのことで吉増さんを非難しているとのことだった。
私は、「僕はもう三田文学とは全く関わりがない。関根謙編集長及びその周辺の理事たちが吉増さんの責任だと言っているそうだけれど吉増さんには何の責任もない。関根謙編集長及びその周辺の理事たちは自分たちがやったことの意味を考えなくてはいけないと思う。吉増さんは、『私は福田三田文学を続投させようとしたが、あなたたちが無理矢理辞めさせた。だから、自分たちで、福田に批判されない素晴らしい三田文学をつくってください』と彼らに言ってください」と、何度もお願いした。
「吉増さんが僕を連れて来て、それで、自分でいうのもなんだけど素晴らしい三田文学になった。それを関根謙編集長及びその周辺の理事たちが辞めさせた。吉増さんは三田文学に対していいことしかしていない。『私は素晴らしい編集長を連れて来て、彼を続投させようとした。このまま続投させれば三田文学の黄金時代になると思っていた。それを関根謙編集長及びその周辺の理事たちが辞めさせた。』と、公衆の面前で、言って欲しい。今回のブログ騒動の原因は全て関根謙三田文学編集長及びその周辺の理事たちにある。大勢の人の前でそう言えばみんなが納得する」と吉増さんを説得しようとした。
しかし、恐らく関根謙編集長及びその周辺からの圧力によるものだろう、吉増さんは、私に対して、関根謙編集長に関する私のツィートとブログを削除すること、少なくとも今後3ヶ月の間は三田文学についてツィートやブログを書かないことを要求し、私がこの要求を吞まないと、吉増さん自身が理事長をやめることになると仰有った。
結局、私は二点の要求を丁重にお断りすると共に、もし吉増さんが絶対理事長を辞めなければならないなら、ぜひそうして頂き、関根謙編集長の三田文学という腐敗した環境と縁を切って頂きたいとお願いした。すると、吉増さんは、「そう来たか」と仰有って笑っておられた。さすが吉増さん!
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関根謙編集長の三田文学 12(結論)

2017/04/16 17:17
関根謙三田文学編集長の編集する三田文学の本性がだいぶ露わになってきたようだ。関根謙編集長の目指す三田文学とは、三田文学会理事たちの利益供与・利益分配のシステム、あるいはそれを目的として機能するシステム、と定義付けられるであろう。私が企画・原稿依頼のほとんどすべてを担当した三田文学春季号漱石特集にあって、関根謙三田文学編集長が自身の判断・不手際等で私によって既になされた企画・原稿依頼・連載を切ることによって、関根謙編集長自身が原稿依頼することを得た書き手のほとんど全員が三田文学会理事である。

それは次の各氏である。

坂本忠雄(三田文学会監事)、加藤宗哉(三田文学会理事)、巽孝之(三田文学会常任理事)、粂川麻里生(三田文学会理事)、荻野アンナ(三田文学会理事)、庵原高子(三田文学文章教室講師)、櫻庭ゆみ子(中国文学者、慶應義塾大学准教授)ーー関根謙編集長自身の著作の書評担当
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関根謙編集長の三田文学 11

2017/04/16 17:14
唐突で強引な三田文学編集長交代と関根謙三田文学編集長の不見識・不手際・判断が原因で、三田文学春季漱石特集号から、保坂和志氏の連載、梅原猛先生の連載、岡英里奈さんと片岡周子さんの小説、芥川賞作家二人の小説、連載「三田文学女子会」、漱石特集の三田文学女子会鼎談が消えた。代わりに関根謙三田文学編集長は自身の判断により、庵原高子「夏の星」、そして追悼・三浦朱門を構成する坂本忠雄と加藤宗哉のテクスト、自著の書評、そして巽孝之、粂川麻里生、荻野アンナら三田文学会理事・常任理事らの書評を導入した。つまり、関根謙編集長は、編集長交代と自身の失策・判断によって、明らかにこれからの三田文学を支えていくはずの価値ある連載・掲載・企画をカットして、その代わりに驚くほど一貫して、三田文学会中枢あるいは周辺の人物たちのテクストを導入しているのである。このことによって、関根謙編集長の編集する三田文学の本性がだいぶ明らかになって来る。それは、三田文学会理事たちのための三田文学ということだ。

私が三田文学編集長として企画・原稿依頼のほとんどを行なった三田文学春季漱石特集号でさえも、私が編集長を続けた場合に実現したであろう号よりも明らかに質の落ちたものが関根謙三田文学編集長のもとで出来上がっている。もし私に編集長としての資質がなくてやめさせられたのであれば、後任には私より優れた編集長が来て冬季保坂和志特集号より優れた号を作ったはずであろう。しかしそうなっていない。むしろはるかに劣ったものが出来上がったとすれば、いったい何のための編集長交代だったのか。それとも、三田文学を餌場とする三田文学会理事たちの間での利益供与の体制が確立されたのであるから、目的は既に達せられたとでも言うのであろうか。
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関根謙編集長の三田文学 10

2017/04/16 17:13
三田文学春季号の漱石特集はひとつの挑戦だった。他誌で既に充実した特集があるところでどこまでやれるのか、と。大家の座談会は既に行なわれているので、若手の優秀な研究者と批評家に対談をお願いした。幸い素晴らしい書き手に恵まれたが、もう一押しということで、毛色の変わった三田文学女子会鼎談を企画した。これは話題性もあり、朝日新聞の取材が入る予定だった。今時の慶應の女子学生が漱石をどう読むかあたりで釣っておいて、実は岡英里奈、井上柚季、矢部絵莉香という相当の読み手が鋭い意見を飛び交わせるという予定だった。これも参加者に依頼し、彼女達は漱石を読み始めていたはずである。関根謙三田文学編集長は、ここでも三田の新人たちの言葉を奪いつつ、そのことによって三田文学会理事・監事やその周辺の人物のテクストと自著の書評を導入することを可能にするという愚を犯している。雑誌は配合とバランスが大事だ。三田文学女子会鼎談は、ちょっと異質な胡椒のようなもので、これを振ることで漱石特集がぴりっと締まった、より刺激的なものになった可能性があった。私がそこまで考えて決めた特集全体から一部を取り去ってバランスをめちゃめちゃにして、いわば殺してしまっている。関根謙三田文学編集長には、雑誌が生き物であることがわかっていない。
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関根謙編集長の三田文学 9

2017/04/16 17:11
三田文学春季漱石特集からは、連載「三田文学女子会」も消えている。これは、保坂和志氏の練習状態にあるエクリチュールの三田文学なりの実践として私が考え出したものだ。才能ある学生たちが自動筆記的な実践に取り組んで、いい言葉を出していた。学生たちが自身の才能を発見し伸ばすきっかけにあれば、と思っていた。朝日新聞文芸部記者の方にも、三田文学の強みは学生とのつながりがあると言って頂いていた。岡英里奈さん、井上柚季さん始め才能ある新人たちが喜んで取り組んでいた。三田の才能を伸ばす可能性があったこの企画を関根謙三田文学編集長はあっさりと切り捨て、代わりに三田文学会理事・監事、三田文学会周辺の書き手の文章、そして自身の著作の書評を導入したのである

三田文学春季号の漱石特集では、実はもう一人一流の研究者に原稿依頼をお願いしていた。一度は断られたのだが、どうしてもということで引き受けて頂いた。漱石の小説の語りについての犀利な分析が期待できた。そこへの編集長交代でその方から「はしごを外された気持ちです」とのメールを頂いた。その方の論考が三田文学漱石特集に載らなかったのも明らかに唐突で強引な編集長交代に由来するものだ。
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関根謙編集長の三田文学 8

2017/04/16 17:09
唐突で強引な三田文学編集長交代と関根謙三田文学編集長の不見識・不手際が原因で、三田文学春季漱石特集号から、保坂和志氏の連載、梅原猛先生の連載、岡英里奈さんと片岡周子さんの小説、芥川賞作家二人の小説が消え、代わりに関根謙編集長は自身の判断により、庵原高子「夏の星」、そして追悼・三浦朱門を導入した。

権力側から富裕層の立場で数々の愚言・妄言を重ねてきた三浦朱門のような文学者を関根謙三田文学編集長は、どのような観点から三田文学で追悼するにふさわしいと考えたのであろうか。軍需産業の利益を上げ、株主配当金等で大儲けを企む富裕層・権力者たちが幅をきかす現今の政治状況での三浦朱門追悼で関根謙編集長はどのような文学=政治的メッセージを発しようとしたのであろうか。三浦朱門は第三の新人で三田文学と縁があるし、三浦朱門なら理事や監事で書けるのがいるから三浦朱門くらいの判断では、もはや通用しないはずである。

三浦朱門追悼をする以上、関根謙編集長の編集する三田文学は、権力者・富裕層の立場から発せられた言葉の側に立つ雑誌であると考えられても仕方がない。ところが、前三田文学編集長の私の目指した三田文学は全く逆のものだ。私にとって、文学とは何らかの形で既存の権力構造や言説構造を揺るがし破壊し脱臼させることを目論む言葉のことだ。三田文学は、そのような言葉・テクストの複合体を目指すというのが私の立場だ。だからこその梅原猛連載であり保坂和志連載であり、目取真俊連載であり、ラカンでありデリダでありアルトーであるわけだ。そうすると、三田文学春季漱石特集号で言えば、一冊の雑誌に沖縄で戰う目取真俊連載、ラカン、アルトーと三浦朱門追悼が同居するという奇妙なことになってくる。異質なものを導入することと見識の無さ、ヴィジョンとセンスのなさ、思考停止に由来する支離滅裂なちぐはぐさとは全く別のものだ。三田文学春季漱石特集号の支離滅裂、ちぐはぐさは、唐突で強引な編集長の交代と関根謙三田文学編集長のヴィジョン・見識・思考停止に100%由来している。
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関根謙編集長の三田文学 7

2017/04/16 17:07
三田文学春季漱石特集号からは、梅原猛先生の連載も消えている。梅原先生からお葉書を頂き、御体調が優れないということは伺っているが、突然の編集長交代がきっかけになっていることは疑い得ない。また、梅原先生には申し訳ないが、2,3枚でもと言って頭を下げてお願いすることもできたはずである。梅原先生の文章と巨大な存在自体が三田文学にどれほど多くのものをもたらしていたか想像もできないほどだ。唐突で強引な編集長交代がここでも三田文学に大きな損失をもたらしている。関根謙三田文学編集長はこの損失をどう考えているのか、また、どのようにしてこの失点を取り戻そうと考えているのか。恐らくこれが損失であることにも気付いていないであろう。
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関根謙編集長の三田文学 6

2017/04/16 17:05
坂本忠雄、加藤宗哉、庵原高子という三田文学理事会の中枢あるいは周辺にいるこの3人は、いずれもかつて三田文学の常連であり、いわば「地味でつまらない」とされた古き三田文学を代表・表象する顔であると言ってよい。しかし、私は三田文学編集長として、少なくとも2017年秋季号以来、三田文学のレベルを維持するために、また三田文学の将来のために、この3人の原稿を掲載すべきではないと考えていた。

とりわけ、坂本忠雄が三田文学2016年秋季号まで連載していた「小林秀雄と河上徹太郎」は、引用を連ねるなかに批評家の言葉をなぞるだけという批評性ゼロのひどい代物だった。私は三田文学編集長として、この連載があるだけで三田文学のレベルが下がってしまうという危機感を抱いていた。三田文学春季漱石特集号で、関根謙三田文学編集長はどうしてこのような書き手のものを再び掲載したのか。坂本が三田文学会監事であるという理由以外に何があるのか。ところが、理事だろうが監事だろうか、三田文学会の外にいる読者にとってはどうでもいいのである。関根謙編集長には、三田文学が書店の店頭に並び、見ず知らずの読者の目にさらされ得るものだということが本当にわかっていない。そこまで見ずに、三田文学会という狭い範囲内ですべての判断をするから、原稿依頼のずさんさ、書評蘭での自著の選択、あるいは原稿依頼のキャンセルなど様々な錯誤を犯すのである。

繰り返すが、三田文学に多大な貢献をした才能ある岡英里奈氏への原稿依頼をキャンセルし、代わりに庵原高子「夏の星」という愚劣極まりない小説を三田文学夏季漱石特集号に載せた関根謙三田文学編集長の良識のなさ、見識のなさ、文学的センスのなさは深く問題視されねばならない。
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関根謙編集長の三田文学 5

2017/04/16 17:04
それでは、岡英里奈、片岡周子という有望な新鋭たちへの原稿依頼をキャンセルするという掟破りまで犯して、関根謙三田文学編集長が自身の判断で導入したのは誰のテクストだろうか。庵原高子の小説と三浦朱門追悼の坂本忠雄、加藤宗哉のテクストである。坂本は三田文学会監事、加藤は三田文学会理事、庵原も三田文学と深い関わりのある人物である。

三田文学春季漱石特集号に岡英里奈氏と片岡周子氏への原稿依頼をキャンセルしてまで関根謙三田文学編集長が掲載した小説、庵原高子「夏の星」は、実は私が既にボツにしていたものである。カトリック団体のバスツアーで福島第一原発見学に出かける話だが、バスから見るものすべてから過去の回想やトラウマの話に入ってしまい、最後は鮫川で蛍をみようとはしゃいだりで、肥大化した「わたし」の前にフクシマなどどこかに吹っ飛んでしまうというような小説だ。確信犯的にノー天気なミーハー振りでも書けばまだしも、どうやら「星」をフクシマの希望と救いの象徴と考えているという偽善的な唾棄すべき作品である。このような作品を敢えて掲載した関根謙三田文学編集長の見識と文学的センスは深く問題視されねばなるまい。
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タイトル 日 時
関根謙編集長の三田文学 4
三田文学春季漱石特集号では、青来さん、福永さん、そして芥川賞作家2人に加えて、三田の新鋭片岡周子氏と岡英里奈氏の短篇を原稿依頼していた。片岡氏についてはまだ未知数のところがあったが、岡氏のことは高く評価していた。ところが関根謙三田文学編集長はこの二人の掲載を取りやめにしてしまった。たとえ内輪の新人であったにしても、一度原稿依頼したものを取りやめにすることは絶対にあってはならない。かつて三田文学に深く関わった恩師で尊敬する歌人でもある高山鉄男先生にもこのことは強く言われていた。ここでも関根謙三田文... ...続きを見る

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2017/04/16 16:57
関根謙編集長の三田文学 3
三田文学春季漱石特集号掲載の青来有一さんと福永信さんの小説の他に二人の芥川賞作家の小説をお願いして承諾を得ていた。もちろん4人の方すべて私が原稿依頼した。今回載らなかった二人の芥川賞作家にも熱意をもってアタックし、一人は一つの文から作品全体を作るということまでおっしゃって乗り気であった。どうして二人の作品がないのか。関根謙三田文学編集長のまずいアプローチ、あるいは少なくとも時期を弁えぬ唐突で強引な編集長交代が二人の芥川賞作家のモチベーションを削いだことは想像に難くない。 ...続きを見る

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2017/04/16 16:56
関根謙編集長の三田文学 2
三田文学春季漱石特集号から、大好評だった保坂和志氏の連載「TELL TALE SIGNS」が消えている! これには事情がある。関根謙編集長から保坂氏に連載の締め切りが2月22日であるとの電話があった。保坂氏が「それは無理です」と言うと、関根氏は「じゃあ、今回はなしということで」と応じたという。これには唖然とする。こういうのを原稿依頼とは呼ばない。相手が保坂氏ほどの作家であれば物理的に不可能なところまで締め切りを延ばすのは常識だ。あるいは、2,3枚でもいいからとお願いする手もある。関根氏は、三田文... ...続きを見る

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2017/04/16 16:54
関根謙編集長の三田文学 1
三田文学春季号漱石特集。編集後記に関根謙編集長が「多くの文芸誌で特集を組んできた漱石、本号では新たなアプローチを目指した」と書いているが、これはおかしい。漱石特集、企画・編集すべて私がやったので、「新たなアプローチを目指した」人がいるとすれば、関根編集長ではなく、私だ。 ...続きを見る

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2017/04/16 16:51

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